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マイクロホンの開発秘話

●特定ラジオマイク利用者連盟 "特ラ連レポート「私とマイクロホン」"原稿より

<はじめに>
 私どもの会社は、主として放送局や録音スタジオで使用される業務用マイクホンを製作して60年以上の歴史を持ちます。私もこの会社に入社して50年を経過し、主にマイクロホンの開発を担当してきましたが、開発はワイヤードマイクが主体となります。OEMマイクでは、20MHzから800MHzの時代の約30年間、ワイヤレスマイクを製造してきましたが、現在は製作しておりません。したがって本誌の依頼を受けて戸惑いましたが、一応当社で開発し製造販売しているラバリアマイクCOS-11が、ミュージカルや放送番組のドラマ制作で、トランスミッターに取り付けてワイヤレスとして使用されている実績を支えにして、マイクロホンメーカーとしての裏話や悩みを綴ってみようと思います。

<マイクロホンの宿命>
 
かつて私が当社に入社した当時は、業務用マイクロホンはリボンマイクやムービングコイルマイクが主流で、形も大きく性能も未熟でした。それでもマイクロホンは当時のオーディオ機器のなかでは最も性能の優れた機器の一つでした。
 しかし時代の進歩に従い放送はラジオからテレビに変わり、録再方式もモノラルからステレオへそしてサラウンドへと変遷し、更にアナログからデジタルに変化すると共に他の機材は目覚しい発展を遂げて、今ではマイクロホンとスピーカは時代に取り残されたアナログ機器としてみられるようになっております。
 その大きな原因は電子は30万km/sのスピードを持つのに対し、マイクロホンやスピーカが対象とする音波は340m/sしか進まないことです。そのため音波の波長は20Hzから20kHzの帯域でも17mから17mmまで変化します。最近では100kHzまでの帯域を視野に入れることが必要になったため、音波の波長は3.4mmまでが対象になります。振幅も20Hz~20kHz、20ビットに対応する場合でも1,000,000,000倍の振幅幅をカバーしなければなりません。したがってダイナミックマイクでは、最大振幅時の振動膜の振幅が最大1mmになるように設計したとすると、最小振幅では1/1,000,000μmという怖ろしく小さな振幅になり、100kHzの帯域は無理になります。
 コンデンサマイクでは周波数が変化しても振動膜の振幅は変化しませんので、20ビットでは振幅幅は1,000,000倍の範囲で済みます。通常のコンデンサマイクでは94dBの音圧での振幅膜の振幅は片側で1/20μmとなります。
 マイクロホンメーカーでは、このように音波によって極微小な振動をする箇所が音波に忠実に追随するような精度と、また広いダイナミックレンジを確保するための構造に苦心しているわけです。またマイクロホンでは、目的音を電気信号に変換する場合に当然発生する、風によるノイズや振動によるノイズを低減するためのいろいろな工夫が行われております。
 このようにマイクロホンはアナログ機器として、マテリアルや加工精度や組立技術などの制約のなかで、時代が要求する性能に如何にして応えていくか、現行のマイクロホンにとってはなかなか厳しい課題となっております。

<ラバリアマイクについて>
 「ラバリアマイク」は「ラペルマイク」または「ピンマイク」などの呼び方をされておりますが、要は主として音声を明瞭に収音する目的で、人の体や衣服に仕込んで使用する小型のマイクロホンを指します。
 ラジオ放送からテレビ放送初期までは、ラバリアマイクもダイナミック型が使用されており、小型のものでも直径が20mm以上で長さも100mm近くあり、重さもあって、紐で首から吊り下げて使用されておりました。
 エレクトレット・コンデンサマイクが開発されて以降、マイクは急速に小型軽量化され、業務用ラバリアマイクも外径が10mmから6mmに、更に5.6mmから4mmにと、性能を向上させながら超小型へと進化してきております。
 通常のマイクロホンは振動膜は円盤状をしており、そのために性能を保つ上で直径を小さくするのに限界があります。当社では約15年前にハイビジョン番組に備えてこの限界に挑戦し、長方形の振動膜をケースに縦に挿入する方法で直径4mmのラバリアマイクCOS-11を実現し、商品化しております。
このようなマイクロホンの小型化とトランスミッターの小型化によって、ラバリアマイクは殆どワイヤレスで使用されるようになりました。

 読者の皆様はご承知のように、ラバリアマイクは人の体は衣服に直接取り付けて使用されることが多いため、小型軽量が求められますが、性能としては仕込んだ状態で良好な音質になる特性が、耐久性としては引張りや屈曲に強く汗などで劣化しないケーブルが、使い勝手としては目立ちにくい形状や色が、そしてセッティングが容易な柔らかなケーブルが評価の対象になります。
 これらの中でメーカーが最も苦労するのはケーブルで、「細くて柔軟」という要求と「耐久性」の要求の狭間で、各マイクメーカーは様々な工夫を行っております。
 当社では極細の金属導線と糸を一体にした芯線を螺旋状にすることで屈曲に強くし、釣糸に使用されている化繊の極細の糸をケーブル内の隙間に充填して、柔軟性を保ちながら大きな抗張力を得る方法を採っております。またシールドは屈曲頻度に弱い編組からダブルスパイラル巻に切り替え、被覆には何度かの実験の結果、汗や整髪剤で劣化しにくく、しかも柔軟性のある材料を使用し、寸法の許す範囲で被覆を厚くすることで使用感を損なわずに必要な耐久性を得ております。
 「ラバリアマイク」は、放送番組のドラマの仕込みや、ニュースなどのトーク番組に主に使用されますが、こうした使われ方と較べるとミュージカルでの使用は遥かに過酷になります。
 「ミスサイゴン」の日本公演で初めてミュージカルに当社のラバリアマイクが採用された当初は、ケーブルの改善が不十分のため、一週間以内に大半のケーブルにノイズを発生する危険が生じて、頻繁にマイクロホンの交換が行われました。この当時は他のメーカーのラバリアマイクのケーブルも強度に大差ない状態で、その後各メーカーで競ってケーブルの耐久性の改善が行われました。
 当社でも何回かの改善を実施し、現在では前記の仕様によって大幅にケーブルの寿命が延びております。この成果はマイクメーカーとして喜ばしいことですが、ケーブルの寿命が延びることはローテーションの回数が減る結果にもなり、悲喜半々と言うことになります。

 
<無理難題>
私たちが新しいマイクロホンを開発する場合、契機となるのはユーザーの要望です。しかし、その要望はたいていは設計者にとっては無理難題の要求が大半を占めます。
 アナログ機器であるマイクロホンは、前述のように音波の持つ物理特性から始まって、マテリアルや加工技術や組立精度などの制約のため、ユーザーから要望を聞いた最初の殆どは「そんなマイクロホンができるわけがないでしょう」と応えそうになります。しかし悔しいので諦めきれずにいろいろ考えはじめ、検討をしている内に道が開けることが多いようです。そうして生まれたマイクロホンの当社の例を幾つか列記してみます。
 

1. 小型の業務用ラバリアマイクの外径が約6mmの当時、NHKからハイビジョンに対応の外径4mmのラバリアマイクの要請がありました。しかし振動膜面積を減らして従来の性能を維持することは物理の法則に反します。そのため採用したのが縦型振動膜ですが、円筒形の端面から音を膜面に導く構造は他に例がなく、設計上や製作上いろいろな障害に直面しました。これらを解決して製品化したのが前記のCOS-11で、開発して15年ほど経過した現在でも、最も細い業務用ラバリアマイクとしてミュージカルやテレビ番組で活躍中です。

2. ワンポイント・ステレオマイクではステレオの広がりを大きくすると、中央の音が弱くなり、いわゆる中抜けになります、しかしユーザーの要求は「ステレオの広がりが通常の127度より広がって、しかも中央の音がピックアップできるワンポイント・ステレオマイク」でした。これは無理難題でしたが、新規に開発した5個のキャラメル型のカプセルを内蔵して、その出力を合成することで要望を実現したのがショットガン・ステレオマイクCSS-5です。
3. 音楽収音ができる100kHz対応のマイクロホンの実現は、現在の録再システムではなくてはならないマイクです。しかし帯域が広がると音響変換器の感度は極端に低下するため、ノイズの低い100kHzマイクの実現は不可能に近いと考えられていました。例えば帯域が20kHzのマイクの帯域を100kHzに広げると感度は1/25になってしまいます。またマイクの外径4mm以下にしないと、周波数特性上に約10dBの起伏が発生します。
 NHK技研と当社ではこの難題を解決するため、従来と異なる新しい発想による設計と、新素材の振動膜や背電極などの新加工法の採用で、固有雑音が約20dBAという音楽収音が可能な、帯域が20Hz~100kHzの超広帯域マイク(製品名CO-100K)の実現に成功しております。
4. 通常多用されているガンマイク(超指向性マイクの俗称)は、音響変換器の前面にスリットで開口した管を取り付け、その管での音波の干渉によって鋭い指向性を得ております。そのため超指向性になる周波数帯域は管の長さで決まり、よく使用されている30cm弱の長さのガンマイクでは、2乃至3kHz以上の周波数帯域で超指向性になりますが、それ以下の周波数では管とは関係のない音響変換器単体の指向性しか得られません。そのためユーザーから「通常のガンマイクの大きさで、低域から高域まで超指向性になるマイクを製作して欲しい」と言われた場合、マイクの設計者にとっては自然の法則に逆らった無理難題になります。音響変換器単体では中低域で超指向性にならないのは、背面方向にかなり大きな感度が生じるためです。当社ではこの背面の感度を相殺する方法を考案することで、小型にも拘らず低域から高域までの全帯域で超指向性になるマイクロホンを開発しております。
 上記の例以外にまだまだ難題を解決して製品化した例は沢山あります。勿論要求に対応できなかったケースもありますが、こうした結果からみると実はユーザーから無理難題に近い要望を出されることが、結果的にマイクロホンの進歩を促していることになるようです。

<おわりに>
 今の世の中の技術の進歩は目覚しいものがあり、マイクロホンの開発や製造に携わる当事者として、何となく肩身が狭い気持ちになる昨今です。
 しかしマイクロホンは音響系、機械系、電気系のすべてを内包し、高品質のものを実現しようとすると単純なようで、意外と難しい内容を解決することが必要になります。
 音響の入口を司る機器として、当然要求される性能を充たすことが重要になりますが、一方、高品質の性能を予感させるデザインも必要になります。また道具として使いやすさや強靭さや、使用状況に合った大きさや仕上げも要求されます。
 業務用マイクロホンでは更に、生産量の少ないことが設計や製作での足枷になります。
 しかし、マイクロホンに要求されるこれらの内容以上に、マイクメーカーを悩ませる内容は「音の評価」です。設計者や製作者はより良い物理特性を目指して製作しても、必ずしも良好な結果に結びつくとは限りません。その場合にメーカーにとって励みになるのはユーザーの真摯な反応です。
 これらの状況の中で、当社は業務用マイクロホンの専業メーカーとして、これからもユーザーから出される無理難題に対応しながら、ユーザーに愛される製品を作って行きたいと考えております。

●執筆者紹介

氏名 今永 敬嗣 (いまなが けいし)
 
略歴 1955年 (有)三研に入社 
1966年より 三研マイクロホン(株) 技術部に所属
札幌オリンピックで使用の接話マイク(CL-201)以降、主にNHK技研との共同開発で業務用マイクロホンの開発に従事。 
2010年、三研マイクロホン(株)を定年退職
開発した
主なマイクロホン
 CU-41 (高感度広帯域マイクロホン)
 COS-11 (縦型構造ラバリアマイク)
 CSS-5 (ショットガン・ステレオマイク)
 氷中マイク (スケート音収音用)
 CS-3e (超指向性マイクロホン)
 CQ-1 (3-1方式サラウンドマイク)
 CO-Z (完全無指向性マイクロホン)
 CO-100K (超広帯域マイクロホン)  等